ぬるま湯の日記

思春期になってる

午前中でも混んでる図書館

TOEICが明後日に迫っていて、明日は流石に勉強するとして、昨日は結構勉強したから今日ぐらいは程よく休んでも良かろうと思った。このTOEICが余程良くない限り次もまた受験するだろうし、直前の慣れによる得点向上はそれほど意味が無いという建前を、今思いついた。

一日ぽかっと暇ができると僕はやたらと風流な気持ちになる。朝早く家を出ると通勤通学でいそいそと駅周辺を歩く誰それを見ながら、ああ僕はこんなゆっくり歩いて、それに格別の心の余裕を持ちながらいられるのはなんて幸せなんだろうと本気で思う。最近の僕はこういう幸せを噛みしめるとすぐ目頭が熱くなって、泣かないにしろ目が潤むぐらいにはなる。このような感性の自分はどこか人と違って特別なんじゃないか、と思春期みたいな悦に浸っている浅ましさもどこか思われるけど、それを考慮してもなお冷めない幸せであるしまぁ良いんじゃないかと思う。

図書館では自転車で行った。僕は未だに東京の車道左側を自転車で走るルールが怖い。何かの表紙に右に倒れる姿を想像するだけで肝が冷える。だから厄介でごめんではあるけど歩道をゆっくり走る。けれど、にしては歩道は狭い。人通りが多くなるとすぐサドルを降りて、無害で鈍臭く自転車を押して歩く。

図書館の入り口には9時開館17時閉館と書いてあって、まぁそんなもんだよなと思った。着いたのは9時半頃であったから、結構空いてるだろうと期待したけどそんなことは無かった。大体こういう場所の椅子は2つ1組でブロックになっているものが多いが、どの椅子も片側1つが埋まっているぐらいだった。

おそらくではあるけど図書館は1人で来る人が多いだろうし、1人掛けの椅子を沢山並べた方が効率が良いんじゃないかと思うが、それだと複数人で来る方々の距離感が不器用だし(複数人で来る人の満足度をその程度大事にしながら)、1人で来た人の滞在時間が長くなっちゃうとか有るんだろうな、とか考えた。

混んでいたら長居する意味もない、すぐ本探しに取り掛かった。僕は効率厨だから本を読む時は予めインターネットで面白そう評判良さそうなのを調べたりすることが多いけど、今日はしなかった。今までに読んだ作家で面白かった(つまらないと思うことはそう無い)人のならなんでも良いやという感じだった。借りたのは小川一水 ココロギ丘から木星トロヤへ、筒井康隆 家族場面、村上春樹 ノルウェイの森。ウェイだから。

ノルウェイの森は上下巻が有って、もしかしてこれ中巻が有ったらどうしようと思ったけど、まぁ上巻あればとりあえずいっかと思って借りた。帰ってから確かめたが中巻は無く、賭けに勝った。

図書館の貸出カウンターは英語でcirculation counterと言うらしい。丁度TOEICの勉強で出てきた。本が循環するんだなぁと思ったけど、つまるところ英語で貸出カウンターは循環カウンターと呼ばれている訳であるから、異文化だねぇと思った。

司書さんと呼ぶのが正しいが分からないけど貸出カウンターの人は大抵メガネをかけている。嫌いじゃない。

帰りに図書館のトイレに寄ったがこれがまた大変綺麗で嬉しくなった。心と時間の余裕があると小便器の下の濡れ具合でどれを使うかゆっくり選別することが出来て、これまた自身の余裕を再確認したようで嬉しくなった。

家に帰ると特にしたいことも無いからこうしてブログを書いた。本当の本好きならすぐさま借りた本を読み始めるだろうから、僕は間違いなく偽物のなんちゃってだ。それでも、借りた本が面白い事を十分願ってる。